焼きうどんとおじいさんと私【亡き父を偲ぶ】

焼きうどんとおじいさんと私【亡き父を偲ぶ】

 


「お姉さん、焼きうどんはどうやって作るのかな?」

 

昼下がりのスーパー。

とつぜん焼きうどんの作り方を聞かれて、わたしは固まった。

 

なんの前触れもなく、藪から棒に。

会ったこともない人から、焼きうどんの作り方…?

焼きうどんの売り場を聞かれるのなら、まだ分かるけど。

見ず知らずの男性からナゾの質問を受けて、目がテンになった。

 

これは、新手のナンパか?

いや、それはないだろう。

それとも、変なおじいさん?

すぐに言葉が返せない。

 

何度も書いたことがあるが、わたしは人から声をかけられることが多い。

あらゆる年代・性別・国籍の人から、実にいろんな種類の声がけを受ける。

別に「困ったことがあればなんでも聞いてや!」といった風情で歩いているわけではない。

それなのに、けっこうな頻度で誰かに呼び止められてしまうのだ。

 

これは答えた方がいいのか、無視するべきなのか。

おじいさんと向かい合ったまま、口ごもるわたし。

(さいきん変な人多いし、関わらないでおいたほうがいいかな)

 

適当に笑って立ち去ろうとしたが、刹那。

三玉入りのパックうどんをギュッと握りしめていることに気づいた。

 

「本気や、この人…」

 

わたしはマインドを切り替えてこう言った。

「お野菜とお肉を炒めて、うどんを入れて、ソースと塩胡椒で味付けしてください」

 

「それでできるんですね!」

おじいさんの瞳に輝きが灯ったのを、わたしは見逃さなかった。

 

マスク越しでもわかる、感謝の微笑み。

一瞬でも変な人扱いしてしまった自分を後悔した。

 

もしかしたら。

とつぜん妻に先立たれたか、病気で離れ離れになって。

お料理もしたことのないおじいさんが、キッチンに立とうとしたのかもしれない。

 

亡くなった父親の顔が浮かんだ。

入院して二度と帰ってくることのない母と離れ、ひとりで暮らしていた父。

わたしが実家に帰ると、よくこう言っていた。

 

「むせかえるほどソースのきいた焼きそば、作ってぇや」

 

スマホやパソコンでレシピをググる、なんてことができない年代。

長い間ずっと、なんでも母任せだったし。

でもときおり、ゆで卵だけは自分で作っていたなぁ。

 

お湯がぐらぐら沸騰して、湯気が古い換気扇に吸い込まれていく。

たまごが鍋底に当たって、ガタガタと鈍い音を立てる。

ガスの火だけが青く小さく揺れる、ひとりぼっちの台所。

 

「これだれが食べるん?」

 

毎回いっぺんに1ダースほどの卵を茹でる父親に呆れたけど。

 

「好きなだけ食べや」

 

あれは父なりのもてなしだったのかもしれない。

 

父の姿がおじいさんに重なった。

今ごろ、買ったうどんでお料理しているんだろうか。

おいしいソースの香りに包まれて、むせ返っている姿を想像した。

 

 

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