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東京都時間講師が見た、学校教育のいま【教員が抱える問題】

東京都時間講師が見た、学校教育のいま【教員が抱える問題】

 


都内の公立中学で時間講師として働きはじめて、5ヶ月近くが経とうとしている。

とはいえ、夏休みを間に挟んだので、出勤したのはまだ正味3ヶ月ほど。

非常勤、しかも新米教師でありながら、常勤の先生方と同じクオリティの授業を任されるプレッシャーのなか、いろいろと見えてきたことがある。

 

公立学校の先生の忙しい毎日

 

外資系の航空会社という、オーバータイムなどの時間にとてもシビアな業界にいたため、最初は学校の先生の勤務形態に驚いた。

 

朝早くから夜遅くまで、自分の時間などない。

授業と授業のあいだの10分間の休み時間など、ほぼないようなもの。

昼休みも「給食指導」という名のもとに、ずっと生徒たちと一緒に過ごしている。

仕事とプライベートの境界線があいまいで、気の休まるときがなさそう。

 

生活のほとんどすべてを学校教育に捧げているように見える。

やることが多岐に渡り、その一つ一つが非常に骨折りである。

放課後などの時間外労働も、常軌を逸している。

これで残業代が出ないのはなぜ?

気になって調べてみたが、「給特法」と言う独特のシステムがあることを知り、閉口するしかなかった。

どの仕事も大変だが、これほどオンとオフの境目が薄い世界だとは思わなかった。

 

教員は「定額働かせ放題」

 

40代後半でコロナ禍に見舞われ、客室乗務員としての仕事がなくなり。

50代ではじめて、この業界に飛び込んだわたし。

日本の企業に勤めていたこともあるので、多少のサービス残業には理解があるつもりでいた。

 

だが、教員の世界は、わたしの想像をはるかに超えていた。

『定額働かせ放題』

そんな言葉をどこかで耳にされた方は多いはずだ。

マスコミが大げさに騒ぎ立てている?

いや、それどころではない。

日本の教育、ひいては日本の未来をも脅かすような現状がそこにある。

 

将来の日本を担う若者たちの教育の場を改善しないと、国は弱くなる一方だと思う。

わたしのような若輩者の部外者にだってわかる。

そして部外者だからこそ客観的に言える。

日本の教育現場は、逼迫している。

 

教育現場が抱える問題点

 

まず、教員の数が圧倒的に足りていない。

だからわたしのような、どこの馬の骨だかわからないような人間が採用される。

むろん、わたしは馬の骨ではない。

きちんとした教育を受けて、それなりに受験勉強をし、教員免許状を取った。

また、英語という教科を教えるうえで、十分な国際経験を踏んできたと自負している。

 

だが、公教育という点においては、まったくの素人だ。

しかし実際教えるにあたり、ちゃんとした研修などはなく、ほぼぶっつけ本番で教壇に立たされる。

なぜそんなことが起きるのか?

くりかえし言うが、教員の数が足りていないからだ。

どの先生も自分の仕事で手いっぱいで、未経験の非常勤講師の指導に割く時間はない。

そもそも教員の数が足りていないから、市井の教育素人の手を借りなければいけないのだ。

それほど教育現場は切羽詰まっている。

 

もちろん、大事なお子さんを預かっている身。

わたしだって、120パーセントの力で頑張っている。

常勤の先生ならなおさらだ。

だけど教師だって人間。

生活指導、保護者への連絡、教員同士の連携、そのうえ教案を作って授業して提出物をチェックしてテストして採点して成績つけて。

さらには校外学習の引率、文化祭や体育祭などの行事や部活顧問まで。

これを少ない人数で日々繰り返すのには、確実に限界がある。

ストレス過多でうつ病になり、休職される先生が多いのも理解できる。

 

教員の待遇は見直されるべき

 

教職は善意と熱意によって成り立つものとされてきたが、これだけ教育がビジネス化した時代に、そこだけ神聖化されているのはおかしい気がする。

 

「奉仕の心を持ち、無償の愛をそそげる人間だけが教師になればいいのだ」

「好きで教師になったのだから、仕事のキツさに文句は言えないだろう」

 

学校教育、とくに公教育に対する世間の一般認識は、ある意味特殊だ。

そんな土壌だから、なり手がいないのだ。

 

それでも先生をやる理由とは

 

風通しの良い外資系民間企業で長く働いてきた身からすると。

公立学校の先生の仕事は、はっきり言ってかなりブラック。

よっぽど「子供」と「教えること」が好きじゃないとできない。

だからこそわたしは、常勤の先生方に畏敬の念を感じるのだ。

そしてこれまで教えていただいた、かつての郷里の先生方にも。

この世界に足を踏み入れてはじめて、先生という存在の大きさ、ありがたさを知った。

だからわたしも子供たちを失望させたくない。

『先生』と呼ばれるからには、彼らの人生を良い方向に導ける人間でありたい。

 

教育現場に求められる課題

 

教師にだって人権はある。

ワークライフバランスが重要視される今、教職についている人だけが自己犠牲を強いられるべきではない。

正規採用の教員の給料を上げ、待遇が良くなれば、優秀な人材も確保できるはず。

公立の学校は教育費が無料だから、多くの予算は割けないのが現状だろう。

 

しかし教育にお金をかけないのは、結果として国が貧しくなる要因の一つだと思う。

なぜそこに気づかないのだ。

それとも、気づかないふりを決め込んでいるのか。

 

時間講師の立ち位置、役割

 

そもそも、「時間講師」などというポストがあることを憂うべきなのだ。

足りないワークフォースを補う目的ならいいけれど、わたしの場合、頭数としてすっかりスタメン扱いだもの。

できれば本当は、CAあがりの年増の新人より、キャリアのあるベテランの先生と仕事がしたいと思われているはず。

でも現状、頼れる人がいないから、わたしに任せるしかない。

 

残念ながら、当面この状況は改善されそうにない。

常勤の先生たちが、少しでも楽になって、それが子どもたちに還元されていくように。

時間講師のわたしは、プロの『授業屋』として指導力を磨いていく。

世界に羽ばたける子どもが、一人でも増えることを願って。

 

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