懐かしの関空フライト
日本人CAの重要な役割のひとつ、通訳業務。
英語と日本語とをつなぐのが基本だ。
だが入社してすぐ、思いがけない通訳をするはめに。
それは…
関西弁の通訳。
本国と成田を結ぶ路線に加え、オープンしたての関空にも就航したわが社。
その人員補充のため採用されたわたしたちは、訓練後さっそく関空便に配置された。
仕事とはいえ、ふるさとに帰れる嬉しさに胸が高鳴った。
ご搭乗のお客さまたちも、ほとんどが関西弁を話している。
当時、日本人乗務員は1機につき2名体勢。
ホーム感に浸るわたしとは対照的に、東京出身のY子先輩は、聞きなれない言葉にとまどっている。
いまでこそ関西の芸人さんたちの活躍により、広く理解されるようになったが、当時はまだ謎の方言の域を出ていなかったのだ。
アテナイ
「お客さまから『ねえちゃんアテナイ』って言われたんだけど」
まず、【ねえちゃん】という呼び方をされたことにショックを受けたらしい。
先輩は、あきらかに狼狽している。
ねえちゃんをはじめ、にいちゃん、おっちゃん、おばちゃんという呼称は、関西では親しみの意味をこめて、ごくふつうの感覚で用いられる。
しかし東京の人からすると、はじめて会う人間に気安くねえちゃん呼ばわりされると違和感を覚えてしまうらしい。
【アテナイ】
ギリシャの首都・アテネのことを、古くはそう呼んだと学校で習ったのを思い出した。
だが、『ねえちゃんアテネ』というのは、文脈的にも状況的にもおかしい。
ねえちゃんアテナイ…
アテない…
わたしはひらめいた。
「わかった!アテはないですか?ってことですよ!」
「アテってなあに?」
「おつまみのことです」(キリッ)
先輩のアクセントが、原語とは違うシラブルに付いていたので手こずったが、無事おつまみをお持ちすることができた。
その後もずっと、通訳はつづく。
「レーコーって何?」
「アイスコーヒーのことですよ」
「フレッシュって」
「コーヒー用のクリームです」
「ホカシトイテって言われた」
「ゴミ、捨てましょう」
フライトが終わるころ、先輩はクタクタになっていた。
だるまさんがころんだ
話はそれるが、「だるまさんがころんだ」という遊びをご存じかと思う。
小さいころ、だれもが一度は興じたことがあるだろう。
大阪ではこれを 、「ぼうさんがへをこいた」 という。
鬼が10数えるため、便宜的に10文字のフレーズが必要なのだが、地域や年代によってかなりのバリエーションに富んでいることがわかった。
地域によっては、ここには書けないような差別的フレーズもあるらしい。
だが「ぼうさんがへをこいた」も、かなりまずい。
聖職者であるお坊さんのことを、「屁をこいた」と辱め、さらに「屁をこいた〜屁をこいた〜」と、執拗なまでに繰り返すのだから。
「えべっさんがわらった」とか。
「おこのみやきがこげた」とか。
「つうてんかくであそぼ」とか 。
10文字のフレーズなら、ほかにいくらでもあっただろうに。
その後、ほんの数年で関空への乗り入れはなくなってしまった。
だがわたしは今も、あの忙しくも楽しい日々のことを、懐かしく思い出す。
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