ミセスCAのオン&オフ日誌

現役主婦CAが、人生という旅の中で感じた諸々を綴ります。 愛する故郷大阪と、東京そして世界を繋ぐ架け橋となるのが夢。

わが青春のなぎなた

f:id:ciel114:20180908171123j:plain

なぎなたとの出会い

 

高校時代、なぎなた部に所属していた。

 

憧れのサッカー部のマネージャーがしたくて仮入部したのだが、男子と接するのが恥ずかしく、続けていく自信がなくなった。

お茶を出すときに、緊張しすぎて手が震えてしまうのだ。

いまじゃ累計数万人の男性にお茶を出しているというのにね(笑)

 

女子ばかりの部活のほうが気が楽だと思い、女の園なぎなた部の門を叩いた。

せっかく花形スポーツのマネージャーになって、華やかなハイスクールライフを送るつもりだったのに。

自ら厳しい武道の道を選び、女としての青春を棒に振ったのだ。

それも、二メートルもあるオッカナイ棒を振る…ことになる。

 

その年は入部希望者が少なく、仮入部員は熱い歓迎を受けた。

 

真っ白い胴着に紺色の袴を着て、華麗に型を決める先輩たち。

 

かっこいい!

運動部なのに、運動量が少なそう!

 

運動オンチのわたしでも、これならできるだろうと入部を決めてしまった。

 

そして入部初日

 

「はい、みんな防具つけて〜」

 

ぼ、ボーグって何すか?

フランスのファッション雑誌のことすか?

 

オタオタしていると、目の前に防具一式が置かれ、今すぐそれをつけろと言われる。

 

聞いてないよ〜

 

言っても時すでに遅し。

剣道部とまったく同じの、あのいかつい防具を装着させられた。

 

ひとつだけ違っていたのは、足につける防具、スネ当てだ。

なぎなたには、面、胴、小手の他に、スネという部位がある。

その後、約三年間。

いつも真っ青に腫れ上がったスネと付き合っていくことになろうとは、思いもよらなかった。

 

運動量が少ないというのも、真逆の誤算だった。

 

なぎなたは想像以上に難しい

 

西野七瀬らが出演する乃木坂46の映画「あさひなぐ」の上映は記憶に新しい。

だが、現実はあんなキレイなものじゃない。

防具はくさいわ、アザだらけになるわ、面を外したら髪の毛はエライことになってるわ…

お年頃の女子にとっては、ほんとツライことばかり。

それでも卒業するまで続けることができた理由は、たいせつな仲間の存在にほかならない。

 

わたしの母校のなぎなた部は、毎年全国大会に出場する強豪校。

団体戦、個人戦ともに、優勝だって何度もしている。

そんな学校で、毎日すばらしい先生や先輩方に教わっているのに、ちっとも上手くならない。

素質がないと落ち込み、何回泣いたことか。

 

団体戦のポジション

 

クラブ最弱のわたしだったが、試合ではつねにレギュラーだった。

そのカラクリは、いたってシンプル。

わたしの学年には、部員が五人しかいなかったからだ。

 

なぎなたの団体戦は、五人編成。

そう。

はじめから全員が、ポジション持ちのスタメンだった。

 

剣道と同じく、なぎなたも

先鋒→次鋒→中堅→副将→大将

の順に、五人一組で戦う。

 

入部してしばらく経ち、だれがどのポジションにつくか決める日が来た。

 

先鋒=試合全体の勢いづけ。勝たねばならない

次鋒=試合を繋ぐ。引き分けでも良い

中堅=試合の要。勝たねばならない

副将=試合の流れを見る。勝たねばならない

大将=勝たねばならない

 (以上、独断と偏見による役割分担)

 

「わたし、次鋒やる!」

 

ヘタレ部員が出した、苦肉の策がこれだ。

わたしが足を引っ張って、みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。

 

はじめから、四試合しかなかったことにすればいい。

 

その日から、次鋒としての人生が始まった。

 

 

続きはこちら⤵️

ciel114.hatenablog.com

 

 

人気ブログランキングに参加しています。

励みになりますので、よろしければポチッと応援のほどお願い申し上げます。

 


人気ブログランキング