中学英語講師からCA復帰へ|海外経験と転機が重なった激動の1年【2025年】

2025年12月30日。
夫は中学時代の、息子は高校時代の同窓会へと出かけて行った。
家族の中では、わたしだけが大阪出身。
そう簡単に同級生とは集まれない。
老犬の介護もあるので、フライト以外は極力家を空けないようにしている。
そこで今日は、会いたい人たちへの近況報告をかねて、2025年を振り返ってみようと思う。
【1月】はじめて「先生」になった場所ーー忘れられない教室と生徒たち
2024年度は、G中学で都講師をしていた。
1月某日は、わたしの誕生日。
2年3組の教室で、いつものように始業のあいさつをした。
"Hello, everyone!"
"Hello, Ms.〇〇(わたしの苗字)"
"How are you?"
全員がきちんと立ち上がって、大声であいさつするのがG中学流。
今日もみんな元気がいいぞ、と思った矢先。
生徒会長・H田さんの「せーのっ!」という掛け声で、バースデーソングを歌いはじめた!
ハッピーバースデートゥーユー♪
ハッピーバースデートゥーユー♪
ハッピーバースデーディアーミズ〇〇♪
ハッピーバースデートゥーユー♪
セーラー服の可愛い女子も、ガタイの大きい詰襟男子も。
みんな姿勢を正して、満面の笑顔で、最後までフルコーラスで歌ってくれた。
もしや休み時間に練習したのでは?と思うくらい、ピッタリ息が合っていた。
その後は大きな拍手。
「センセーおめでとう!」
授業前の彼らの優しいサプライズに、わたしは胸がいっぱいになった。
ひたすら嬉しくて幸せで。
まるでお花畑の中にいるようだった。
いま思い出しても涙が出るくらい。
あれは夢だったのかな?なんて思う。
【2月】混沌の中で気づいた、自分の価値観

有給休暇を利用して、高校時代の友達3人でエジプトとトルコへ旅行に。
中東方面には行ったことがなかったので、
良い意味でも悪い意味でも、ものすごくカルチャーショックを受けた。
壮大なピラミッドに美しいモスク。
古代遺跡は、どこをとっても素晴らしかった。
歴史を知ることは興味深く、知的好奇心をそそられた。
いちばん楽しかったのは、異国情緒あふれるバザールでのショッピング。
わたしが究極まで値切って購入したのが上の写真のカットソー。
上質なエジプト綿でできていて、3人色違いのお揃い♡
しかしその後、予期せぬフライトキャンセルが相次ぎ、心が折れてしまった。
また、混沌とした街並み、異文化すぎるエクスペリエンスにも限界を感じた。
人生経験としてはとても良かったけど、正直もう一度行きたいとは思わない。
でも、この経験がなければ、自分が何を大切にしているかは、きっと分からなかった。
ヨーロッパでは気づけなかったことを、エジプトとトルコで知った。
【3月】国を越えて続く、あたたかなつながり
ホストファミリーを訪ねて、息子と一緒にカリフォルニアに。
35年前にお世話になって以来、変わらぬ優しさで迎えてくれるご一家。
わたしたちが楽しく過ごせるように、朝から晩までアクティビティを用意してくれた。
バーベキューにパンケーキ、タコスにハンバーガー。
ショッピングモール、映画館、モントレー水族館。
近隣の美しい海辺を散歩。
国立公園へのショートトリップ。
親兄弟が集まるホームパーティー。
サンフランシスコ・フィッシャーマンズワーフ散策。
アメリカに住む、わたしのもう一つの家族。
彼らと過ごした一つ一つの瞬間が、今もわたしの中で輝いている。
【4月】理想と現実のあいだで、それでも立ち続けた日々
春から心機一転、H中学に赴任。
前年度のG中学とは違い、できたばかりの新設校。
「風通し良さそう」と思いきや、蓋を開けるといろいろあって(汗)
同じ区なのに、学校によって、こんなに違うんだと驚く日々。
どの業界にも言えることだろうけど、けっこうショッキングだった。
みなまでは言わないが、なかなかにしんどい日々。
だけど子どもは可愛いし、教えるのは楽しい。
尊敬できる先生との出会いもあり。
教員生活2年目、(無茶ぶりが多い環境だったが)とにかく必死に働いた。
まだ何も知らなかった、復帰前夜の記念旅行

またこの春、エアライン入社30年目を迎えた。
記念すべき節目の年。
仲良しの同期5人で、静岡で合流して一泊した。
社会人として、また女性として、いちばん変化が多いときに支え合った仲間。
笑いも涙も、すべて共有しながら生きてきた戦友。
そのうち2人は、11月に一緒に訓練を受け直す(!)ことになる。
【7月】とつぜん動き出した、止まっていた時間
1学期の終わりとほぼ同時に、本業の航空会社からフライト復帰のお達しが。
あまりに待たされ続けたので、にわかには信じられず。
嬉しいのと辛かったのと、すべてがないまぜになって。
しばらくは気持ちのコントロールが難しかった。
でも、戻らないという選択肢はなかった。
学校はそのまま、夏休みに入った。
【8月】それぞれの人生を抱えて、それでも笑いあえる時間
年に一度の大阪帰省。
まずは心のオアシス、野田のイタリアンレストランへ直行。
愛しのI高校、2年12組のプチ同窓会に参加。
気の置けない仲間との時間は、かけがえのない宝物。
今年は大阪万博にちなんで、ミャクミャクみたいに鮮やかなブルーのワンピースで参戦。
歳を重ねても、こういう場所に出るのは大事だと思う。
来年は、どんなファッションで行こうかな。
つぎに実家に向かい、母の面会に行く。
宴席とは打って変わって、現実が待っている。
数分前に話したことを忘れてしまう母にも、ようやく慣れてきたけど。
顔で笑っていても、心が泣きそうになる。
そんなとき、いつも横についていてくれる人がいる。
中学時代からの親友で、母の見舞いにも付き添ってくれる姉のような存在。
わたしたちに向かって母が聞く。
「あんたら、もう付き合って何年になるね?」
「もう40年以上やで」
「え⁉️」
「よんじゅうねん‼️」
「あんたら何歳や🤣」
毎年毎年繰り広げられるこの会話。
母の中では、わたしたちはいつまでも若いままなのだろう。
それでいい。
それでいいんだ。
母の笑顔が見られれば、もうそれだけでいい。
8月は大阪なくしては語れない、わたしにとっては大事な月だ。
【10月】静かに近づいてくる、復帰の日
フライト復帰に向けて、公私共にカウントダウンが始まる。
犯罪経歴証明書をはじめとする各種手続きやオンラインミーティング。
にわかに運命が動き出すのを感じた。
それまで停滞していたことでも、いったん歯車が回りはじめると早い。
時間に弄ばれてると感じる一方で、ありがたみも同時に味わっている。
不安と期待が入り混じった、夜明け前のような1ヶ月だった。
【11月】遠回りして、やっと戻ってきた場所
そして今年1番のメインイベント、コペンハーゲンでの乗務復帰訓練。
約1ヶ月にわたる日本人男女21人での合宿所生活は、本当に貴重で有意義な経験。
尊敬できる先輩、後輩、そして優しく有能なインストラクターたち。
このチームの一員であることを心から誇りに思えた。
あまりに情報が盛りだくさんすぎて簡潔にはまとめられないので、
また別の機会にじっくり向き合おうと思う。
【12月】2025年のすべてをのせて飛んだフライト

そして迎えた、復帰後1本目のフライト。
行きも帰りも、みんな優しく温かく。
戻ってきた。
戻ってきたんだ、わたし。
泣いたり笑ったり、今年はホントにドタバタだったけど。
とりあえず、有終の美を飾ることができた。
回り道も、迷いも。
すべてがこのフライトにつながっていたのだと思う。
こうして見るとわたしの2025年は、
いかにたくさんの人たちに支えられてきたのだろうか。
今年わたしに関わってくださったすべての皆さまに、心からの感謝を申し上げます。
2026年もどうぞ、良いお年をお迎えください。
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