【2025年参議院選挙によせて】夢を語れなくなった日本の子どもたち

中学2年生の英作文の授業。
タイトルは、"My Dream"
自分の夢について書くというものだ。
課題の趣旨や書き方などを説明したあと、生徒たちの席を回る。
英語が好きな子、得意な子は、指示通りに書きはじめる。
だが、ほとんどの子はペンが動かない。
「どうした?みんな!夢、あるよね?」
「ありません」「ないです」「え〜?ユメ?」
驚いた。
わたしは昭和の人間だが、子どもなりに夢があった。
『大きくなったらなりたいもの』について話す機会も多かった。
やりたいこと、行きたい場所、会いたい人。
サイン帳(わかる人は昭和)や卒業文集などに、何度も記入した項目だ。
叶う、叶わないは別として、家族や友だちとも気軽に夢を語り合ったものだ。
とくに中学のころなんて、なんにでもなれると思っていた。
自分の可能性に自分でリミッターをかけるなんて、やっちゃいけないことだと思っていた。
だけど今の子どもたちは、自分の将来に自信が持てないと言う。
その理由を聞くと、
「どうせ俺なんてムリだし」
「がんばったって○○になんてなれない」
「何も楽しいと思えない」
「そういう世の中だから」
悲しかった。
学校に来れない子、保健室で過ごしている子、特別支援教室で学ぶ子。
在籍学級にいられない、いたくない子どもたちが年々増えている。
でも、通常学級と呼ばれる普通のクラスにも、無気力、無感情、あきらめといった感情を抱えている子どもがたくさんいる。
自分の席についていても、心がそこにないような子も。
わたしは担任を持たない時間講師だが、英語の授業を受け持つ中2の4クラスすべてがこの調子だった。
もちろん、学校によって差もあるだろう。
去年勤務していた学校の子どもたちは、もっと夢を語っていたと思う。
住んでいる地域や、保護者の方々の子どもに対するスタンスの違いもあるだろう。
日本弱体化からの復興は、教育から

いろいろ言って鼓舞しても、ペンが動かない。
あまりに進まないので、わたしはちょっとおどけて言った。
「これは道徳の授業でもないし、進路指導でもないからね?犯罪を犯したいとか、極端に倫理に反するようなことでなければ、何を書いてもいいんだよ。宇宙飛行士とか、メジャーリーガーとか、総理大臣とかさ!」
それでも、みんなの顔はどんより沈んだままだった。
『今の世の中じゃ、努力したってたいして報われない』みたいなことを、親御さんたちが言うのだろうか。
社会のせいにする発言があったので、「いつか良くなるよ」と答えながら教卓に戻ろうとすると、「いつですか?」「先生、いつなんですか?」と、複数の声が背中に刺さった。
「もうすぐ、もうすぐだよ」
「もうすぐって、いつですか?」
そんなの、先生にもわからないよ…
2025年参議院議員選挙を前に思うこと

「どうすれば世の中は良くなるんですか?」
これは英語の授業なんだけどな…と思いながら、ちょうど参院選が近づいているし、わたしはこう言った。
「選挙に行くことだよ。まだみんなは参政権を持っていないけど。世の中を、政治を変えたければ、将来選挙に行こう。先生も、7月20日には投票に行くつもりだよ」
「選挙なんかで何も変わりませんよ」
大人たちが言うのを、そっくりそのまま真似しているのだろう。
わたしは静かに続けた。
「変わるよ」
わたしにだってわからない。
でも今の政治が良くないことだけはわかる。
ふだんはファッションと宝塚にしか興味のない先生だけど、ここ数日はいろんな政党の政策を調べて、自分なりに一票を投じたいところが決まった。
いま、日本には大きな風が吹いていると感じる。
歴史の教科書に載るような出来事が、起こるかもしれない。
どこの政党が実権を握っても、子どもたちが未来を憂うような社会を終わらせてほしい。
子どもたちが安心して学び、生きられる日本を取り戻してほしい。
子どもは国の宝。
日本の宝だから。
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