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宝塚宙組【エルハポン】もしも藤乃が生きていたら<妄想パラレルストーリー>

宝塚宙組【エルハポン】もしも藤乃が生きていたら<妄想パラレルストーリー>

 

 

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これは、宝塚歌劇宙組公演『エルハポンーイスパニアのサムライー』を観劇後に想像(妄想)したお話「エルハポンーイスパニアのサムライーその後」の続編です。

先にこちらをご一読いただいてから、お楽しみくださると幸いです⇩

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第一場 藤九郎の家

 

「姉上が…生きていたと…?」

使いの者がよこした文(ふみ)を見て、藤九郎は絶句した。

戦で滅びたはずの和賀家の姫君、姉の藤乃が生きていたというのだ。

一族郎党、城とともに焼け落ちたと聞いていた。

だが藤乃は、奇跡的にその一命をとりとめていたらしい。

藤九郎は、狐につままれたような気持ちになった。

ここイスパニアへやって来て、もうすぐ二年。

己の肉親は、もうこの世にはいないのだと、言い聞かせて生きてきた。

だがここにきて、最愛の姉が生きていると知らされるだなんて。

(ウソでもなんでもかまわない、姉上に会いたい!)

血をわけた、かけがえのない姉君。

たおやかな立ち姿が、脳裏に浮かんでくる。

匂いたつような、優雅で美しい微笑み。

慈悲深く、上品で優しい声。

(藤九郎…藤九郎…)

「姉上…!」

まるで奇跡のような出来事に、胸がいっぱいになる。

ほかに生き延びた者はおらず、その身を隠すように暮らしていたという。

ただ一人の身よりである自分のもとへ、いますぐにでも呼び寄せたい。

しかしその一方で、藤九郎は苦悩した。

姉の不幸な恋の顛末を、どうやって伝えればよいものか。

たとえ、その絆が過去のものであったとしても。

もと恋仲にあった男の妻を見て、どう思うだろうか。

だいいち、治道にはなんと言えばいい?

いまになって、死んだと思っていた恋人が現れたら。

さすがの治道だって、狼狽するに違いない。

一度は契りを交わした仲だ。

運命のすれ違いとはいえ、皆が不幸になってしまうかもしれない。

しかし、考えている猶予はなかった。

落ちぶれた武家の娘など、国ではもはや厄介者でしかない。

背に腹はかえられぬ。

包み隠さず話して、わかってもらうしかない。

 

第二場 カタリナの宿屋

 

「なに?藤乃が!」

治道の顔から、みるみる色が失われていく。

藤九郎から告げられた事実を、にわかに呑み込むことができない。

物静かな男だが、こんどばかりは激しい動揺をみせている。

混乱する治道。

驚きと安堵と葛藤。

それぞれに相反する感情が、いちどきに押し寄せてくる。

まるで荒波にのまれた船のごとく、心が揺れ、乱れていくのがわかる。

かつて自らが、命をかけて愛した姫君。

今生で相まみえることは二度とないと、身をちぎるような思いで断ち切ったというのに。

しかもいま、自分には守るべき女性がいる。

それを知った藤乃は、いったいどんな気持ちになるだろうか。

そしてカタリナは…。

「すまない。いまになって、こんなことになるなんて」

さきに口火を切ったのは、藤九郎のほうだった。

「なぜおまえが謝るのだ。生きていてくれて、ほんとうに良かった…」

なんともやり過ごしがたい、複雑な空気が流れる。

「せっかく、カタリナとうまくやっていたのに」

「そんな顔をするな。たった一人の姉君に、ふたたび会うことができるのだから」

運命のいたずらを責めることもなく。

いついかなるときも、相手の幸せを願う男。

この懐の深さこそが、男女を問わず人を惹きつけるゆえんなのだろう。

「藤乃だって、きっとわかってくれるだろう」

「かたじけない」

「なにか飲むか?」

「あ、いや。カタリナは、まだ帰らないのか」

「今夜は遅くなると言っていた」

「子どもは…順調なのか」

「ああ、おかげさまでな」

その幸せを手にしていたのは、姉の藤乃であったかもしれない。

藤九郎は少し、やるせない思いになった。

 

第三場 船着場

 

数ヶ月の後。

日本から、藤乃を乗せた船が到着した。

伊達政宗公のはからいにより、心尽くしの支度がなされたそれは、輿入れと見まごうほど立派なものだった。

港では、地元の村人たちが花を持って出迎え、たいそうな歓迎ぶりだ。

「ハポンのおひめさまだ」

「きれいだねえ」

「まるで、お人形のようじゃないか」

イスパニアの人々が、口々に藤乃の美貌を褒めたたえる。

「長旅で、お疲れになったことでしょう」

藤乃の案内役を仰せつかった、西九郎が気づかう。

「いいえ、大丈夫です」

にこやかに、だが緊張した面持ちで、藤乃はあたりを見わたす。

見知らぬ土地、見知らぬ人々。

この場所にいる知己は、たったの二人だけ。

藤乃は、自分を知る二つの顔を、目をこらして探す。

人ごみの中、潮風をうけながら、自らの運命の数奇さを思う。

なんの因果で、はるか遠い異国に身を寄せることになったのか。

はやく藤九郎に会いたい。

そして、愛しい治道さまに。

「治道さま!」

思ったよりもたやすく、望みは叶えられた。

その理由は、治道の特徴ある風貌によるものだ。

この国においてもなお、上背の高さがきわだつ男。

端正な顔だちも、勇ましい佇まいも、あのころのままである。

懐かしさが、胸いっぱいに込み上げてくる。

「藤乃!」

治道もそれに気づき、破顔して手を振る。

しかし、ほどなくして気づいてしまう。

隣にいるのが、彼にとって大切な女性であることを。

えもいわれぬ感情が、彼女を支配する。

困惑、失望、嫉妬…いや、どれとも違う。

そもそも、もう二年も経っているのだ。

ましてや、自分は死んだことになっていた。

治道が、ほかのだれかと結ばれていたとて、なんら不思議はない。

でも、こんなに心が痛いのはどうしてだろう…

刹那、目の前が真っ暗になり、藤乃はその場に倒れこんでしまった。

 

第四場 カタリナの宿屋

 

藤九郎が、治道に事情を説明している。

「まだ、藤乃に伝えていない…?」

「ああ…おまえが城へ戻れなかったいきさつは、あらかじめ知らせておいた。だが、カタリナとのことは…」

「なぜ」

「手紙に書くより、面と向かって伝えたかったんだ。まさか、おれよりさきに会ってしまうとは思わなくて。だいたい、仕事があったろうに」

「わたしは、おまえが事情を話しているものだとばかり。だから休みをとって、カタリナと一緒に出迎えようと思ったのだ」

「ああ、すべてが裏目に出てしまった」

「いまさら言っても始まらぬ。肝心な、藤乃の具合は?」

「まだ目を覚まさない。西さんが来てくれて、パメラと一緒に様子を見てくれている」

 「そうか…会える日はまだ、もう少し先のことになりそうだな」

 

第五場 藤九郎の家

 

いまだ意識を取り戻さない藤乃を、かいがいしく看病するパメラ。

「西さん、あとはわたしひとりで平気。明日も早いだろうから、もう休んでください」

「きみのほうこそ。これからしばらくは、お義姉さんの面倒をみることになるんだよ」

「…わたし、うれしいんです。いままで、家族ってものを知らずに生きてきたから。トウクロウと家族になれたときは、ほんとうに幸せで。そしたらこんどは、お姉さんと一緒に暮らせるって聞いて」

「パメラ…」

「あのひとの大事な人は、わたしにとっても大事な人です。きっと仲良くやれると思うの」

「そうか。じゃあ、今日のところはおいとまするよ。あとは頼んだよ」

「ええ」

かすかにまぶたを開いた藤乃に、藤九郎が呼びかける。

「姉上…姉上!」

まだ朦朧とする意識のなか、自分によく似た二つの瞳がおぼろげに映る。

「…藤…九郎…?」

「そう…そうだよ!姉上!」

藤九郎に支えられて、寝台でゆっくりと身を起こす。

まるで小さな子供のように、すがりついてくる青年。

しかしあどけなさはすっかり消えて、精悍な空気をまとっている。

「藤九郎…立派になられて」

同じ血をひくもの同士にしか分かちあえぬ、親愛なるぬくもり。

ともに過ごした、幼き日の思い出がよみがえってくる。

だがここは、二人の生まれ育った故郷の城ではない。 

「ここは…?」

そう言って動かした視線のさきに、見知らぬ女の姿があった。

すこし浅黒い肌の色をした、目鼻立ちのはっきりとした美人。

「紹介するよ。これは、おれの奥さん」

「まあ…それでは、あなたがパメラさん?」

「ハイ。お姉さん、ようこそいらっしゃいました」

藤九郎は、不思議な気持ちになった。

遠い異国で妻をめとり。

いまこうして、実の姉と三人でいる。

一人より二人、二人より三人の夢が、思ったよりずっと早く叶ってしまった。

 

第六場 街角のカフェー

 

「どうされましたか?おりいって、話があるなんて」

おだやかな口調で、西がたずねる。

「こ…このようなことを…申し上げてよいのか」

「どうぞ、なんなりと」

もじもじと身をよじり、はずかしそうな藤乃。

「藤九郎が、どうかしたのですか?」

察しをつけたかのように、西が切り出す。

大当たりだとでもいうように、藤乃は大きく首を縦に振る。

西はその仕草が可笑しくて、白い歯を見せて笑った。

「あの…弟と義妹が、とても仲が良くて」

「いいことではありませんか」

「ええ、そうなんですけど」

「けど?」

「その…四六時中…ぴったりと身を寄せあっていて」

「ああ…たしかに。日本では、男女が人前でそのようなことはいたしません。しかしここイスパニアでは、抱擁や接吻がごく日常的に行われているのです」

「せっぷ!」

口元をおさえて、あわてふためく藤乃。

「これは失礼!藤乃どのには、刺激が強すぎましたな」

ちょっと嬉しそうな西を、藤乃は恨めしそうに見上げる。

「とどのつまりは、実の弟君が女性といちゃいちゃしているところを、見ていられないってことですな?」

「…はい」

見ていられないのには、もう一つ理由があった。

二人を見ていると、あの日波止場で見た、治道とその妻のことを思い出すからだ。

藤九郎たちが抱き合うのを目にするたび、息が詰まりそうになるのだ。

「困りましたな」

「西さまを、困らせるつもりはなかったのです。でも、もし…もし叶うのなら、わたくしひとりで暮らせる場所は、ほかにないものかと思って」

「とんでもない!ここに来られて、まだいくばくも経っていないのに」

沈黙が流れる。

「うちに来ますか」

沈黙をやぶったのは、耳を疑うような言葉だった。

大きな目を、さらに大きく見開く藤乃。

「え、いや、あの、その」

自分で言い放っておきながら、しどろもどろになる西。

「わたしの住む家は、もてあますほどに広いのです。殿が、ご自身の代わりにわたしをここへよこしたものですから。それ相応の住居をと、必要以上に大きな屋敷をあてがわれたのです」

見栄っぱりで派手好きな、伊達の殿様のやりそうなことだ。

藤乃へほどこした贅沢な支度も、自らの権力を見せつける目的を兼ねていたことだろう。

「藤九郎の家とは違って、一日中顔を合わさないことだってできます。ただ、男のひとり住まいゆえ、なんのお構いもできない。人も雇ってはいないし、それでもよければ」

お殿様から自分の世話役を任されているとはいえ、これほど親身になってくれるとは。

藤乃は、ひどく心を動かされた。

しかし、契りを交わしたわけでもない男女が、一つ屋根の下に暮らすのだ。

いくら屋敷が広いとはいっても、貞淑な藤乃にとっては、容易に受け入れられる話ではない。

うつむき、紅い唇をキュッと結んだまま黙りこくる藤乃。

彼女の言わんとすることを察知した西は、あえて事務的にこう付け加えた。

「わたしは、藤乃どのをお守りするよう命じられた身です。もし貴女様に手を出すようなことがあれば、即刻処分を受けるでしょう。わたしとて、それは避けとうございます」

胸中を見透かされ、消え入りたくなると同時に、この男なら大丈夫という信頼の念が湧き上がってきた。

「お申し出に、感謝いたします。ご迷惑をおかけしますが…よろしくお願いします」

縁もゆかりもない、一組の男女。

祖国を離れた遠い異国の地で、奇妙な共同生活を始めることとなる。

 

第七場 西の家

 

同じ屋敷に住みはじめてから数日後。

「藤乃どの、藤乃どの」

真っ暗な部屋。

「藤乃どの…どうなさいましたか。あかりもつけないで」

近づく西。

「泣いて…おられるのですか?」

藤乃の頬に光るものを認めて、おずおずとたずねてみる。

「…ひとりぼっちで、さみしかったのですか?明日は休みゆえ、どこか楽しいところへお出かけしませんか」

ことさらに明るくふるまって、藤乃の様子をうかがう。

「西さま…」

この男の優しさに、いくたび救われたことだろう。

まだ出会って、まもないというのに。

「…きょう、市場へ花を買いに行きました」

だれにも話さないでおこうと決めたのに。

言葉が、堰を切ったようにあふれ出す。

「そこで…あのかたを、見かけたのです」

名を問わずとも、それが治道をさしていることは、即座に理解できた。

「奥様をつれたあのかたは、幸せそうでした。仲睦まじく手を繋いでおいでで…わたくしの出る幕など、微塵もありませんでした。わたくしとて、二年も音沙汰のなかったものを…慕い続けてもらおうなどと…そんな野暮な女ではないつもりでいました。でも…」

二年という月日が、こうも残酷に運命を変えてしまうとは。

泣きじゃくる藤乃。

いたたまれなくなる西。

(わたしでは、いけませんか)

そう言ってしまいそうになるのを、必死におさえた。

いったい、なにを考えているのだ。

治道と藤乃を引き離した張本人は、九郎、おまえではなかったか。

西は自分を戒める。

それでも。震える肩を見ていると、抱き寄せずにはいられなかった。

「西…さま?」

罪の意識か、同情か。

それとも…

暗がりのなか、 この感情が何なのか、西は考えあぐねていた。

 

第八場 コリア・デル・リオの街【タブラオ】

 

翌日の夕刻。

「いかがですか?イスパニアの盛り場は」

「西さまは、こういうところによくおいでになるのですか?」

「実のところ、賑やかすぎる場所は、あまり得意ではなくてね。なにぶん、踊りがどうも苦手で」

踊り子たちが踊っているのを、もの珍しそうに眺める藤乃。

「踊りといっても、日本舞踊とは、ぜんぜん違うのですね」

「そういえば藤乃どのは、たいそう美しく舞を舞われるとか」

 「いいえ、めっそうもございません」

「花を生けるのもお上手だと、藤九郎から聞いています。きのうは花を買わずに帰られたが…こんどぜひ、わたしにも見せてください」

「そうですね。あのお屋敷は、少々殺風景がすぎますもの」

カラン…

店の扉が開き、新しい客が入ってくる。

「…藤乃」

「治道…さま」

気まずい空気が流れる。

「おお、治道、カタリナ」

西が、立ち上がって挨拶をする。

「ずいぶんと長居をしてしまったようだな。君たちが来たばかりなのに残念だが、そろそろおいとましなければ。さ、参りましょうか」

藤乃を気づかって、立ち去ろうとしたそのとき。

「おひさしゅう…ございます」

藤乃が口を開く。

「達者で…おられましたか」

「…ええ、なんとか」

そう言って、治道の傍らにいる、どことなく義妹に似た女性に目をやる。

「わたしの、妻です」

カタリナがお辞儀をする。

「はじめまして」

藤乃は、精一杯笑顔をつくってみせる。

だが、それ以上の言葉を交わすことはできなかった。

「では、また」

「ああ」

つややかで、すこしくせのある黒髪。

涼やかなまなざしも、思慮深いくちびるも。

すべては、自分の手を離れてしまった。

いや、もうとうの昔に失っていたのだ。

藤乃は、ようやく気づいた。

過去を愛していた自分に、決別する日が訪れたことに。

 

第九場 西の家

 

タブラオからの帰り道、ひとことも発さなかった藤乃。

帰宅するなり入口でしゃがみこみ、おいおいと泣きはじめる。

「藤乃どの!大丈夫ですか?さ、あちらへ参りましょう」

西に抱えられるようにして居間へと向かう。

「さあ、これでも少し飲まれるといい」

椅子に座らせたあと、もらいもののワインを注いでやる。

「…これは?」

「ぶどう酒ですよ。気分が落ちつきます」

勧められるまま、藤乃はグラスを手にとる。

「あ、あ、あ、そんなにあおっては!」

一気に飲み干そうとする藤乃を、あせっていさめる。

「西さま」

「はい」

「もう一杯ください」

「ぇ?」

鳩が豆鉄砲を喰らったような顔の西。

「西さまも、ご一緒に」

「あ、ああ、そういうことでしたら」

西はグラスをもう一つ用意し、ワインを注ぐ。

「西さま」

「なんですか」

「ときは、戻らないのですね」

「ああ、そのようですな」

空になったグラスに、ワインを注ぐ。

「城が焼け落ちたあの日…わたくしの肉体は滅びたのです。魂だけが成仏できず…ずっとさまよっておりました。でも先ほど、あのかたとお会いして…やっとわかりました。わたくしは、過去にすがりついていただけなのです」

いつになく饒舌な藤乃。

それが酒のせいなのか、たかぶる気持ちによるものかはわからない。

西はただ、だまって話を聞いてやる。

 「わたくし、決めました。もう泣かないと。わたくしはもう、和賀家の姫ではなく、この地に生きる、名もなき一人の人間です」

「藤乃どの…」

「でも…でも…今夜だけ。今夜だけは、泣いてもいいですか」

「好きなだけ泣かれるがいい。お望みならまた、この胸を貸しましょう」

西が、長い両手を広げる。

「西さま…西さま!」

この男の胸は、どうしてこんなに懐かしく温かいのだろう。

もうずっと昔から、知っていたような気さえする。

  

第十場  西の家

 

「これはこれは!みごとな花ですなあ」

「ありがとうございます」

「いやあ、家のなかが、いっきに華やかになりましたぞ」

「この国には、見たこともないような珍しい花がたくさんあります。でも、基本はどれも同じ。生けかたの決まり事さえ知っていれば、どんなお花だって生けられるのです」

「藤乃どの」

「はい?」

「これを、人に教えるというのはどうですか?」

「えっ?」

「イスパニアに日本の華道を広めるのです。昨今のハポンブームには、目をみはるものがありますゆえ」

「ハポン…ブーム?」

「まずは貴族の方々を相手にされるといい。彼らはいつも退屈していて、新しい楽しみごとを探しておられる」

「わたくしなんかに、つとまるでしょうか」

「貴女様には、ぴったりのお仕事ですよ。それに…」

「それに?」

「人のために働いていると、いやなことはおおかた忘れられます。良家のご息女に、このような提案をするのは、お門違いかもしれませんが」

「西さま、わたくし、やってみます」

「さすがは藤乃どの。そうと決まれば話は早い。ひとつ、わたしがかけあってみましょう」

 

第十一場 西の家

 

貴族を中心に、イスパニアの人々に華道を教えはじめる藤乃。

その人気は上々で、入門希望者が殺到している。

「藤乃どの!藤乃どの!」

「そんなにあわてて。いったい、どうなさったのですか」

「貴女のお話が女王陛下のお耳にはいり、ぜひ王宮内でも手ほどきを受けられたいと」

「まあ、女王陛下が!」

「今夜は、祝い酒です。ちまたで流行っている、生命の水とやらを手に入れてまいりましたぞ」

「いのちの…水?」

「かなり強い酒だそうですよ。若い連中が、こぞって飲んでいるようですが」

「きれいな琥珀色をしているのですね」

「ええ。さあ、どうぞ」

「…おいしい!」

「おお、ほんとうだ」

名も知らぬ酒を酌み交わしながら、とりとめのない話をする。

いつのまにか、ふたりでいることが当たり前になってしまった。

「藤乃どのは、意外といける口ですなぁ」

「西さまこそ」

酒が深くなるにつれて、お互いに軽口をたたきあう二人。

「ずっと、申し上げようと思っていたんですがね」

いささかなれなれしい口調で、西は切り出す。

「西ではなく、九郎と呼んでいただけませんか。こんなに懇意にしているのに…なんだか、いつまでたっても他人行儀な気がして」

「では、九郎さま」

酒が回ってきたのか、藤乃も町娘のような物言いをしてみる。

「貴女は、ほんとうに魅力的なおかただ。こんな任務でもなければ、わたしは貴女をとっくに口説いていたでしょうよ」

任務、という言葉に、胸が痛むのを感じる藤乃。

その痛みを逃すように、少し大きな声で西をいさめる。

「九郎さま、今夜は飲み過ぎではないですか」

「酔っているからではありません。貴女は実に美しい」

「はいはい。わかりました。もう休んだほうがいいですよ」

ぐでんぐでんに酔ってしまった西。

「んもう。仕方のないかたですね」

肩から毛布をかけてやる。

「ん…藤乃…どの…」

藤乃が、その肩に、声に。

愛しさが芽生えていたことに気づくのは、もう少し先のことであった。

 

第十二場 西の家

 

ある日のゆうげの席で。

「王宮での評判は上々ですね。みんなすっかり華道に夢中になり、われこそは立派な花器を、よく切れるハサミをと、日本へ発注しているという話ですよ」

「それは光栄ですわ」

「治道といい、貴女といい。日本文化の普及に、並々ならぬ貢献をなさいましたな。貿易交渉に失敗したと嘆いておられた支倉どのも、いまごろ大喜びされていることでしょう」

まるで我が事のように喜ぶ西を、藤乃がさえぎって言う。

「九郎さま」

「はい?」

「今日は、お伝えしたいことがございます」

「なんですか、あらたまって」

「九郎さまのおかげで…わたくしは、ひとりでも生きていけるほどの蓄えができました。いつまでも、あなたさまのご好意に甘えてばかりはいられません」

「そんなの…駄目です!」

つねに平常心を保ち、めったに声をあらげることなどない西が、感情をあらわにする。

「駄目だ駄目だ!あなたが出ていくなんて…ぜったいに…駄目です」

息ができないほどの力で、荒々しく抱きしめられる藤乃。

「九郎…さま…?」

「このまま…そばにいてください。そして、わたしのために花を生けてください。ときどき一緒に酒を飲んで…」

抱きしめる手に、いっそう力がこもる。

「愛しています。わたしの、妻になってください」

さながら、イスパニアの男たちのように。

西は藤乃に、情熱的な口づけをする。

長いあいだ旅をつづけた己の魂は、この胸に還るために彷徨っていたのかもしれない。

藤乃は、いつぞやと同じように、大きく首を縦に振る。

その姿が愛しくて、西は少しからかってみたくなる。

「ご安心ください。わたしは日本男児ゆえ、人前でこのようなことはいたしませんから」

「…まあ!」

唇を彩る紅のように、頬が赤く染まっていくのがわかる。

藤乃は藤九郎たちの気持ちが、ようやくわかったような気がした。

 

ー完ー

 

あとがき

 

新型コロナウイルスの影響で、宝塚歌劇の舞台が観られなくなって数日。

飢餓感から大好きな『エルハポンーイスパニアのサムライー』の「その後のその後」を妄想してしまいました。

宙組の真風涼帆さんと和希そらさん、そして98期同期コンビの瑠風輝さんと遥羽ららさんを思い浮かべながら読んでくださると幸いです(こちらも宝塚歌劇団ならびに敬愛する大野先生との関係はございません)

せちがらい世の中ですが、できるだけ楽しいことを共有して、免疫力を上げていけたらと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

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