3Kなどではない【不思議体験】
奇妙な体験をした。
となりの駅に用事があり、電車に乗った。
すいていたので、ひと駅だったが腰をかけた。
それは端っこの座席で、横にも向かいにも、だれも座っていなかった。
つぎの駅を知らせるアナウンスを聞き、立ち上がった。
すると、ふたつとなりの席に本が置いてあるのが目に入った。
乗ってきたときには、わたしが座ったシートにも、向かい側のシートにも、なんにもなかったはずだ。
とつぜん視界にあらわれたその本を、まじまじと見つめた。
この本はいったい、いつ、どこからやってきたのか?
わたしは今日、本は持ってきていない。
とりあえず、自分のものでないことを確認し、電車を降りた。
ふしぎな気持ちのままホームを歩いていると、車内にいた大学生くらいの男の子が追いかけてきた。
さっきの本を掲げて、彼はこう言った。
「これ、違いますか?」
「いえ、違います!ありがとうございます。」
わたしは弾かれたように両手を振って否定したあと、あわてて礼を付け加えた。
ガールフレンドとおぼしき女の子も、その車両を降りて心配そうに見守っている。
わたしのために、かけてきてくれた男の子。
彼の親切に、心がじんわりとした。
と同時に、はやくもういちど同じ電車に乗ってほしかった。
しばらく停車していたので、男の子はもよりのドアから再度乗車し、待っていた女の子と合流することができた。
わたしはそれを見届けて、ふたたび歩きはじめた。
電車をひとつ逃すかもしれなかったのに。
知らないだれかのために、自分の時間を差し出してくれた男の子。
見て見ぬふりをして、通りすぎることもできたのに。
きっと神様は、彼のような人間を祝福されることだろう。
しかしあの本に関しては、どうしても疑問がのこる。
茶色い革のカバーから、クリーム色のふせんがピロピロと飛び出していた。
どこかで見たことがあるような、ないような。
少なくともひと駅のあいだ、わたしのまわりにはだれも来なかった。
本が置いてあったのは、人が近づく気配を確実に感じる距離である。
もしあの本が、瞬間的にべつの時空からやってきたものだったら。
もしあの本が、自在に存在を消したりあらわしたりできたなら。
もしわたしの目が、見たいものだけを見ていたとしたら。
そんな、SFまがいのことを考えながら駅を出た。
もしかしたら。
あの若いカップルも、人間ではなく神様の使いだったのかもしれない。
加齢か?
過労か?
勘違いか?
そのいずれでもないと信じたい。
🎃 人気ブログランキングに参加しています。
応援クリックを頂けると励みになります⇩