ミセスCAのオン&オフ日誌

現役主婦CAが、人生という旅の中で感じた諸々を綴ります。 愛する故郷大阪と、東京そして世界を繋ぐ架け橋となるのが夢。

アメちゃん賛歌

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前記事で、宙組記念イベントの陣をともに戦った戦友のKちゃん。

 

彼女は、宝塚はもとより吉本新喜劇のコアなファンでもある。

 

「すっちーのお披露目公演だって、固定電話だけで一列目取れたのに。」

 

と、今回の敗北を口惜しそうに振り返る。

 

「わあ、すごいやん!」

 

きっとそれだって、かなり運が良かったのだろう。

 

「ね、ね、一列目って、どんな感じやった?」

 

「すち子、舞台からアメちゃんばらまくんやけど、前すぎると頭上を通過するからゲットできないねん。」

 

吉本新喜劇座長、すっちーこと、すち子氏。

 

男性だが、大阪のおばちゃんに扮して漫才をする。

 

劇場では、登場する際に客席に向かって飴をばらまくのがお約束だそうだ。

 

Kちゃんは、飴を取ることができなかったとボヤきながらも、最前列で観劇できたドヤ感に溢れていた。

 

すっちーは、その名前から、わたしが勝手に親しみを感じている芸人さんであるが、実際のパフォーマンスを観たこともなければ、経歴にも詳しくはなかった。

 

いい機会なので、YouTubeでネタの勉強をしようとググってみることにした。

 

すると驚きの事実が明らかに!

 

なんと、すち子としてピン芸人化する前は、ビッキーズというコンビを組んでいて、「ビキビキ・ビッキーズ」というのがキャッチフレーズだと書いてある。

 

ビキからすっちーへ。

その進化の過程まで、一緒とは。

 

わたしのように、彼にも早く東京進出を果たしてほしいものだ←アナタは誰

 

ところで、巷で言われているように、大阪のおばちゃんは本当に飴を持ち歩いているのだろうか?

 

答えはYESだ。

 

お母さんのバッグにも、お母さんの友達のバッグにも、お母さんの友達の友達のバッグにも、必ずそれは入っていた。

 

飴に、「ちゃん」いう敬称を付けるのもお決まりである。

 

大阪では、名詞に不規則的な敬称がつく。

 

たとえば、「おあげさん。」

 

同じ豆製品でも、おとうふさんとか、なっとうさんとか言わないくせに、油揚げだけがリスペクトされる。

 

犯罪部門では、詐欺さんや恐喝さんはないが「泥棒さん」はあり、

天災部門では、地震さんや台風さんはないが「カミナリさん」はある。

 

「おはようさん」までくると、ちょっと説明がつかない。

 

これらの法則性については、フランス語に男性名詞と女性名詞とが存在するように、覚えるしかないのが現状である。

 

そして、飴にまつわる極めつきがこの言葉…

 

「アメちゃん食べるか?」

 

駅で電車を待っているとき

映画を観るとき

登山をするとき

病院で呼ばれるのを待っているとき

口さみしいとき

 

嬉しいときも悲しいときも、おばちゃんと呼ばれる人たちは、そこかしこで飴を配っていた気がする。

 

場を持たせるため、はたまた人気関係を円滑にするため、おばちゃんとアメちゃんは、ニコイチでいい仕事をする。

 

「イヤ!これおいしいわあ。何味?」

「えーと、なんやったかなあ」(カサカサ←パッケージを見る音)

 

飴の味や食感について語り合うだけでも、心がほぐれていく経験をしたことが、あなたにもあるはずだ。

小さくても、立派なカンバセーションピース。

 

飴はまた、饒舌多弁な大阪人を黙らせる薬であると同時に、己の内面と対話するためのツールでもある。

 

年を取り、自分がおばちゃんと呼ばれる年齢となった今。

 

わたしのキャビンバッグには、必ず飴が入っている。

 

最近では食べないことの方が多いけれど、お守り代わりに持っている。

 

これまでにいろんなおばちゃんから手渡された、アメちゃんの温もりを、今でも忘れられないから。

 

こんど、大阪で生まれた女に会ったら聞いてみてほしい。

 

「アメちゃん、持ってる?」って。

 

かなりの確率で、アメちゃんをもらえるはずだ。

 

 

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