壁ドン、顎クイ。
少女漫画に出てくる男の子が、女の子にする「萌え」しぐさだ。
わたしはいずれも経験したことがないが、似たような思いならしたことがある。
「小手ポン」
わたしはそのときめきを、こう名づけている。
次鋒としての人生が始まったはいいが、その後、試合で勝ったことはいちどもない。
「引き分け上手」
いつしか相手に点を取られないように、逃げて時間稼ぎをするだけの人間になっていた。
しかし、それでもいいと思っていた。
自分なりに精いっぱい頑張っているんだもの。
下手に黒星をつけて仲間に迷惑をかけるよりは、上手に逃げたほうがいい。
そんな日々のなか、なぎなた部と剣道部の異種試合をするという話が持ちあがった。
剣道となぎなた?ハア?
だいたい使ってる剣が違うし、間合いも違う。
あちらさんには、スネとかいう部位もないし。
いったいどうやって戦うというのだ?
はてなマークいっぱいのわたしに、対戦相手が告げられた。
剣道部屈指の強さを誇る、同じクラスのU君!
ちょっと待って、ねえねえ、剣道部と試合するのはいいけど、せめて実力別にしようよー…
でも、これは両クラブの親睦を深めるお祭り。
勝ち負けは関係ないからと、あっけなくスルーされてしまう。
かくして、なぎなた部最弱女子と、剣道部最高峰男子との対戦が決定した。
そして迎えた対戦当日。
緊張した面持ちで面タオルをつける。
道場のあちら側には、強そうな面々がズラリとあぐらをかいている。
こわい…
せめて女子部員と当たりたかった。
でも、女子もみんな強そうだ。
ここはもう腹をくくるしかない。
ビバ!フェスタ!
賽は投げられた。
もうどうにでもなれ!
「はじめ!」の合図とともに、U君は凄まじい勢いで踏みこんでくる。
独特な「キョエエエエエー」という雄叫びに、しょっぱなからビビって後ずさる。
気がつくと、面と面がガツンと鈍い音を立ててぶつかった。
いつも教室で見る彼とは違うまなざしがそこにあった。
なぎなたは1本が2メートルあるため、いつも2×2=4メートルの間合いで戦っている。
なのにこんな近くまで来られたら、技を決めることができないではないか。
(そうでなくても決められないけどな!)
そんなことを考えている間にも、U君はますます強い力で剣を使って攻めてくる。
レフリー!ブレイク!
お願いよ、どうかブレイクと言ってちょうだい…
しかしこれはボクシングではない。
もう限界と思ったが先か、彼はちょっとわたしの体を押したかと思うと、その反動でわたしから離れた。
かと思うとまっすぐに踏みこんできて、竹刀は美しい弧を描いて、わたしの脳天に降ろされた。
「メエエエエエーン」
「面ありッ!」
試合しゅーりょー。
引き分け上手のわたしも、剣道部エースの前では逃げきることができなかった。
まだ息の整わないうちに、向こうから彼がやってきた。
くぐもった声で「ごめんな」と言いながら、わたしの頭を小手でポンポンと叩いた。
惚れてまうやろーーー!
「小手ポン」でわたしの心を揺らしたU君。
いまごろどうしているのかな。
高校を卒業して以来会っていないから、いっしょにお酒を飲んだこともないね。
つぎに会えたときには、盃ではなく、また剣を交わそうね!
わたしがなぎなた部に入ったいきさつはこちら。
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