人騒がせなお客さま
成田空港へ向かう飛行機の、出発間際。
若い日本人女性客が、しゃくりあげるように泣きながら、搭乗口にいるクルーのヘレに話しかけている。
わたしは別の業務に従事しながらも、状況を把握するため、二人のやり取りをさりげなく確認していた。
しんから同情したようすで、ヘレは彼女に自分の携帯電話を差しだした。
顔じゅう涙でぐしゃぐしゃにして、借りた端末に向かってメッセージを打つ女性。
日本人なのでわたしが対応を代わろうかと思ったが、英語が話せるから大丈夫と言われ、そのまま任せることにした。
ヘンリエッテが聞いたところによると、オハイオ州在住のご主人が危篤だという。
だが、ご自身はグリーンカードを申請中なので、アメリカに入国できないと嘆いているらしい。
クルーは一丸となって女性を励まし、気がまぎれるよう窓際の席に移動させ、元気づけるために無料で飲み物を提供した。
食事のサービスが終わり、自分の携帯でWiFiを使いたいと、女性がギャレーまでやってきた。
通常エコノミークラスでは、有料で提供している機内Wi-Fi。
だが事情が事情なので、彼女にだけは無料で使用させてもいいいと、パーサーから指示があった。
わたしはパスワードを入力し、手動で手続きをしようとしたが、それでもあいにく繋がらなかった。
接続状況が悪く、後ほどまたお手伝いさせていただくと伝えたあと、ご主人の容態について尋ねてみた。
すると、彼女はこう答えた。
「今日、会社に行けなかったって言うんです」
カイシャニ…イケナカッタ…?
一瞬、思考回路が停止した。
「…えっ?」
動揺を隠せないわたしに、彼女は取り繕うようにつづけた。
「歩けないって言うんですよぉ!それって、よっぽどじゃないですかぁ〜?」
アルケナイ…ですと?
わたしは、ハトが豆鉄砲を食ったような気がした👀
だが、ここでひるんではいられない。
気を取りなおして、わたしは聞き返した。
「それで、病院には行かれたんですか?」
「いいえ。うちで様子をみてるって」
そそ…それって…キトクとは言わないのでは?
その直後、疑惑が確信に変わった。
「白ワイン、もう一本もらえます?」
にっこり笑って、おかわりのワインを所望されたのだ。
夫が死にかけているのに、お酒を飲みつづけているってどやさ?
不安でどうにかなってしまいそうだから、飲まなきゃやっていられない、って雰囲気でもない。
とりあえず、引きつづき代金を請求することなく、ワインを手渡した。
彼女が席に戻るのを見届けてから、わたしはそばにいたクルーを集めて言った。
「ご主人、具合が悪くて会社休んだだけみたい」
するとテレサが、合点がいったというふうにウンウン頷きながら、
「やっぱりね。あれだけ大泣きしていたのに、わたしにシャンパンちょうだいって言ったから。おかしいと思ったのよ」
夫が死にかけているのに、オメデタイ飲み物の代表であるシャンパンなんて頼むだろうか?
いや、頼まないだろう(反語)
さらに聞けば、トーマスは搭乗してすぐ彼女から「座席をアップグレードして」と頼まれたそうだ。
理由なくアップグレードはできないと断ったら、泣きながら搭乗口に向かって行ったと。
点と点が繋がって、一本の線になっていく。
そうこうしているうちに、アメリカにいるご主人と連絡がとれた。
オハイオ大学には通っていたけれど、現在はロサンゼルス近郊にお住まいとのこと。
…フツーにメッセージ交換できてるやん!
しかも「アメリカ」だけしか、キーワード合ってないやん!
そして彼女の席を見たら!
ゴーゴー寝てはる!
その後もぐっすりお休みで、着陸まで目を覚ますことはなかった。
それでも、「心配して損した」とはならないのが、うちのクルーの良いところ。
「なにごともなくて良かったね」と、みんなで苦笑いして水に流した。
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